とのしょうアート化計画11月展示が始まりました。

瀬戸内国際芸術祭は、11月4日に終わりましたが、アート化計画の展示は続いています。

土庄港フェリーターミナルの11月の作品は、城戸みゆきさんと恒星さんの作品です。

「光を観る」城戸みゆき フェリーターミナル2Fにて展示

風景のある家 風景のある家2

箱の中にある小豆島の風景をレンズから覗く作品で、4つの風景が順次設置されます。     最初の風景は、農村歌舞伎です。

「光を観る」

土庄で制作するために自転車を借りて色々なところを見て回るうち、観光という言葉について考え た。光を観るという語感が面白く、何度も繰り返した。

由来となったのは中国の古典「易経」の『 観国之光、利用賓于王』という一節という。解釈は諸説あるらしいが、国を観ることでそこに現れている王の威光を知るといった意味らしい。 また、「観」「光」とバラして考えてみる。 観とは占いに使った神聖な鳥であるコウノトリの姿をよく見てその意を察すること。光とは火を捧 げ持った人が輝いて見える様子。

観光.001

ついでに sightseeing もバラしてみる。sight、見ること、視界、光景、照準。seeing、見ること、 視覚。

私が小豆島に滞在した夏の終わりは、大雨と台風の隙間に太陽の輝く一週間だった。自転車を走ら せた最後の日に見たのは、雲の切れ間から漏れた光が海に浮かぶ島をスポットライトのように照ら し出す光景。 日常生活の普通の風景が光によって突然ドラマチックに変わる瞬間がそこにあった。美術もまた観 光であると思った。

城戸みゆき

次の風景は、11月16日頃に設置予定です。

恒星 木版画「Pray-I 」「Pray-III」「Variation Of Living Thing-III」「Ancient Time」        フェリーターミナル1F、螺旋階段にて展示

ターミナル1

土庄港ターミナル螺旋階段に展示している「Variation Of Living Thing-III」では生命の差異という題名で長年取り組んでいるシリーズ作です。

さて、この不思議なヒトや生物から貴方は何を感じるのでしょうか、、、?!

それは私には想像だにしない貴方自身なのかもしれないということと、その感じた想いが周り巡り循環され、この時間と空間を存在し得るものにしているのではないか!などと最近想って居ります、、、。

私にとって作品を制作するとういうことは、人々や物事に対峙し感代謝し続けることであり、より良い生活のために、ナラサレずに、美を!非日常を!!生き活きと展開解放し、明日へ繋げてゆくことに他なりません。

恒星

恒星さんの作品は、東洋紡績記念にも展示しています。

オリーブタウンにある東洋紡績記念館では、3名のアーティストの作品が展示しています。

羽場文彦「静止した時間の中で」

「存在と「記憶」がテーマにしたこの作品は、イスラム遺跡や昭和の建物に使われていたタイルをモチーフに、陶芸の技術を使って制作させています。色彩豊かなタイルが貼られ、端正で重厚な雰囲気がありながら、風化や衝撃で破片のように崩れかけたかたちは、時の流れを感じさせ、すべてものはやがて移り変っていく様子を体現しています。

静止した時間の中でII 2

「静止した時間の中で II」                                博物館展示のようにガラスケースの中に記憶や存在の価値感が変容して見えることを意識した作品。

羽場4「囲われた時間」

羽場3 「残像が描きだすかたち」

羽場1 羽場5

「境界線を含む形体」

かつての小豆島の経済を支えた紡績工場は、時代の流れによって記念館という「記憶」をつかさどる場所として存在しています。東洋紡績記念館も「静止した時間の中」を生きていると言えるのではないでしょうか。

福島

福島

福島佳奈さんと恒星さん協同制作の映像インスタレーション作品「漂泊の境界」

私たちの制作は、自然を観察し、街で人と話し、そういったごく日常的な事の中での、小さな発見から始まっています。夏、真っ盛りの8月、小豆島に滞在し、自転車で島を走り、絵を描き、撮影を行いました。

緑の葉っぱがゆらゆら揺れて、蝉が大声で鳴いていた。とある朝。              海岸でいくつもの真っ白い流木が流れ着いているのを見つけました。

海を目の前 に、流木で線を引くように、遠い何かに交信するように、横に並べる、縦に立てる、 そしてまた戻す。流木が、種から芽を出し、枝を伸ばし、葉や花を咲かせ、そして枯れ、ここに 流れ着いたように。繰り返し、繰り返し。

時に現れる境界は、次の行為によって消されて行く。波音と共に。

一つ季節が過ぎ去った今、身体を通した記憶、感じた気配を、また素描や版画で描き彫りこんでゆくことは、記憶の奥底から引いては返す波のように、揺ぎ無い今の時間と空間とを溶け込ませていく行為なのかもしれない。

あの時見た、あの魚たちは今どこを泳いでいるのだろうか?

福島佳奈

monoIMG_6067

 2013年夏の土庄町の滞在で、福島佳奈氏と私は石切り場や、浜辺や丘、旧戸形小学校などいろいろな場所でパフォーマンスを映像に記録し、素描に描いて参りました。

今回は石切り場でみつけた白化し様々な形に変化した流木を使った作品、福島氏が主導の映像インスタレーション「漂泊の境界」を東洋紡績記念館に展示しています。

数ヶ月が経ち、流木はいくらか落ち着いた色合いで、また違った趣きで映像を支え、また寄り添っています。そこには軽やかな揺らめく境界がみえるようであり、漂泊した長い時間、私達がまたその時間の中に共存し、或いはそれぞれ異なる時空が白い布に光ながら、この海に囲まれた小豆島、土庄町の引いては返す波のように静かにチカラ強くあるかのようです。

そのインスタレーションの脇の空間に宙吊りで展示した私の版画作品。夏のパフォーマンスで土庄町の浜辺から眺めた屋島が彫り込まれた「Come Into The World-I  ~Shodoshima~」があります。この作品は無数に日々描かれる素描群、銅版画作品がベースになってそこにまた海、自然、生物多様性、誕生など様々なテーマと向き合った、ここでの想いが刀のキレに表れた作品です。

そしてもう二作品は、「NARASARE」と題した仁王様がべースになった作品です。

現代社会や場の持つ問題や文脈、とても大事な要素と、またその表層にある時流や得体の知れない時代の雰囲気など、そうしたものに自動的に属しかねない人間の弱さ、しかしナラサレずに突き抜ける人間の美意識をテーマとしている作品です。

作品制作にあたって私は何より「生命感」を第一に自由な精神性を軸により良い生活とは何か?生きるとは何か?そして場の文脈、時間の連続性と断続性、生物・宇宙の神秘などを据えて毎回臨んで居ります。

そしてそれらは、何気ない日常の生活、選択、決定、行動からなり、日々感じた感動の積み重ねから私の作品は生まれます。

恒星

 

 

 

 

 

 

 

 

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